人類初の一夫多妻〜レメク
「レメクはふたりの妻をめとった。一人の名はアダ、他ののひとりの名はツィラであった。」(創世記4章19節)
創世記の4章17節から24節までは、カインの子孫について記されています。その中でレメクという人物がクローズアップされています。レメクという名前の意味は「強い者」という意味だそうです。どうも彼は、「オレは強い、オレは自分の力で生きるのだ。だから神様など必要ない」というタイプの人物だったようです。
さらに、レメクがどのような人物であったかは23節と24節に描かれています。実は23節と24節は普通の文章ではありません。韻文すなわち、詩になっています。これはレメク家のテーマソングの歌詞であったと考えられます。レメクは時々この歌を家族に向かって、あるいは町の人々に向かって歌っていたのでしょう。
「アダとツィラよ。私の声を聞け。
レメクの妻たちよ。私の言うことに耳を傾けよ。
私の受けた傷のためには、ひとりの人を、
私の受けた打ち傷のためには、ひとりの若者を殺した。
カインに7倍の復讐があれば、レメクには77倍。」(4章22,23節)
復讐行為によって自己の力を顕示し、その力で妻たちを威圧的に支配しようとしています。このテーマソングの中にレメクの生き方が記されています。レメクの生き方、それは一言で言ってしまえば、神様に背を向け、力に物を言わせ、自分の欲望のまま生きる人生でした。現代の世俗化された快楽主義や欲望達成至上主義に通じるものがあります。
19節には、レメクが二人の妻を持ったことが記されています。これが人類初の一夫多妻です。人類の歴史で初めて神様の秩序を破り、複数の妻を持った男、それがレメクであったのです。
その二人の妻の名はアダとツィラでした。「アダ」という名前は「楽しみ」という意味です。つまりレメクにとって妻は楽しみに過ぎなかったのです。自分の欲望を満足させる手段に過ぎなかったということでしょう。一方の「ツィラ」という名前は「飾り」と意味だそうです。レメクにとって妻は掛け替えのない伴侶ではなく、飾り、すなわちアクセサリーにすぎなかったのです。レメクは女性の人格など平気で無視して、自分の欲望を満たすことだけを追い求める快楽主義者だったのです。
レメクにとっての性はもはや愛を基礎とした全人格的な交わりではなかったのです。神を離れた性は、愛なき性、人格なき性へと堕落しました。快楽の手段と装飾としての女性、人格を剥がされた肉体だけの女性、それは最近よく耳にするセクハラ事件、そして数々の性犯罪を思い起こさせます。神を離れ、堕落した性の姿は昔も今も変らないようです。
また、聖書の記述から、レメクが一定の政治的権力を持っていたことも予想ができます。権力を得た男性がすることは、やはり多数の異性との人格なき性行為なのでしょうか。どこかの大国の大統領や、辞任なさった日本の大都市のタレント知事さんを思い起こすのは私だけでしょうか。
男性の皆さん、あなたはエバ(一体となるべき妻)と共に性の世界に生きるでしょう。それともアダ(楽しみ)とツィラ(飾り)としての女性を求めるのでしょうか。時として、アダとツィラの誘惑が男性の心のドアをノックするかも知れません。その時は、誘惑者に対して勇気を持って言いましょう。
「ノックは無用!」(これは関西地方だけに受けるジョークかも)
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