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  1. 反省だけならサルでもできる、合体だけならロボットでもできる
  2. プリンは甘いが、不倫は苦い
  3. 性表現は世に連れ、世は性表現に連れ
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  1. 同性愛、人権尊重=容認なのか?
  2. 古今東西、絶えることなきラバンの悪行
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第4回「枯れ木ほどよく燃える?」

枯れ木の性

 ある牧師に一人の高齢の教会員が「もう歳だから、奉仕から退かせていただきたいのですが」と申し出たそうです。それを聞いた牧師は「そんな寂しいことおっしゃらないで下さいよ」と引き止めにかかります。しかし、その信徒は「もう、私は枯れ木のようになってしまいましたから」と初志貫徹の姿勢を示します。
それを聞いた牧師はこうおっしゃったそうです。「それでは、より一層励んで下さいよ。よく言うじゃないですか『枯れ木ほどよく燃える』って」

 枯れ木ほどよく燃えるのは性の世界も例外ではないようです。日本では一般に高齢者になるにつれ、人は恋愛や性には関心を失っていくと信じられています。 しかし、これは全くの神話であります。高齢者の男女428人を対象としたあるアンケートによれば、異性との愛情関係や性的関係を望む人は男性の94%、女性の70%にのぼるそうです。確かに高齢になれば肉体上の性的な機能は衰えていきます。しかし、性は肉体だけでなく心の問題でもあります。ですから、肉体的な機能の衰えと関係なく、生涯、異性に対して愛と性を求め続けるのは当然でしょう。

聖書的根拠と日本の現実
 聖書は、神様は人間を「男と女とに彼らを創造された」(創世記1:27)と記しています。これは人間が性的な存在として造られたことを意味します。つまり、性は人間の基本的なデザインなのです。ですから、「生」ある限り「性」もあるのです。そして、高齢者が性的な充足を求めるのは、肉的でも低俗でもなく、むしろ神様の創造の秩序にかなった人間本来のあり方と言うべきでしょう。
 ところが、日本社会における現状はどうでしょう。切実な問題であるにもかかわらず、高齢者の性は未だにその存在すら認められていません。

また、従来そのような問題に対しては「臭いものには蓋をしろ」といった対処がなされてきたように思います。高齢者福祉従事者の教育においても、高齢者の性の問題は最近になってようやく扱われ始めたというのが現状のようです。

 このような日本社会の中では、高齢者が性的な欲求を見せようものなら、「いい歳して」などと言われてしまいます。ましてや、結婚という理想的な性的欲求の実現を図ろうものなら、遺産相続問題もからんでか、親族一同からは猛反対と厳しい非難の的とされてしまいます。

  高齢者の性、その一例
 以下ご紹介するのは、高齢者の性の問題を扱ったある書物に見つけた一例です。
 ある高齢者施設での出来事です。食べ物は食い散らかし、排泄物は垂れ流す、75歳の老女は施設の中でもとりわけ手のかかる一人でした。
 しかし、この老女に転機が訪れました。80歳近くの男性が入所してきた時、彼は初対面にして彼女の心を捉えてしまったのです。その日以来、彼女は自分の身の回りの始末を自分でするようになり、垂れ流しもなくなりました。実は、食い散らかしも垂れ流しも、家族から施設に追いやられたことから始まった演技に過ぎなかったのです。

 やがて、暖かな日中には施設の中庭に立つ大きな木の陰で、仲睦まじく語り合う二人の姿が見られるようになりました。まだまだ性に対して消極的、否定的な態度を捨て切れない日本社会のこと、二人の交際は他の入所者たちの叱責を買うこととなってしまいました。
 批判の声が上がっていくのにたまりかねて、その施設は男性の家族に相談を持ちかけ、退所をお願いしたそうです。老女の垂れ流しが再開したのは想像に難くありません。
しばらくして、その男性が老女を見舞ったその日、二人はいつも日向ぼっこをしていた木の枝に縄を吊って自殺を図ったというのです。幸いにも未遂であったため命を失うことはありませんでしたが、この事件をきっかけに、施設内では高齢者の性に対する議論が沸騰することになったといいます。

 この書物の著者も、その施設に勤めておられた方からこの話を直接聞き、性の専門家であるはずの自分が、いかに高齢者の性に目を向けていなかったかを反省させられたそうです。
 また、九州の老人ホームでは、新たに入所してきた80歳の女性と二人の男性入所者とで、いわゆる三角関係に陥ったてんまつが報告されています。施設長たちが彼女に事情聴取すると「いい男たちに巡り会えて、本当によかった」と臆することなく言ってのけました。
 しかし男たちは恋のさや当てから、決闘まがいの傷害事件まで引き起こしました。それが入所者全員に知れ渡り、それを機に三人の関係はあっけなく消滅。三人ともみるみる生気を失っていき、一年以内にそれぞれ施設内で病死したそうです。

  突きつけられる課題
 このように高齢者にとっても性は生の証しであり、性は生を充実させるものなのです。いいえ、死の到来を実感しつつ日々を送っている高齢者にとっては、なおさら性というものが人生に充足感をもたらす決定的な要素となるはずです。高齢者が「性」を奪われた時、「生」の意味をも見失ったのは、十分理解できることではないでしょうか。

 もちろん、三角関係に陥ったり、交際時の周囲への配慮の欠如、争ったり自殺を図ったことなど当事者には責められるべき点も確かにあるでしょう。
 しかし、同時に彼らを無気力に陥らせたり、自殺にまで追い込んでしまった側の責任も問われなければなりません。日本の社会を支配している高齢者の性への無理解と無関心が、高齢者の性的充足や再婚を妨げている現状こそ問題視されるべきではないでしょうか。高齢者にとって、「性」という要素は、その人生の幸福度や充実度に直結しているのですから。

そこで今回の一言。

「『いい歳して』とは何事ぞ!性の世界に卒業はなし!枯れ木には枯れ木の燃え方がある!」

 超高齢化社会を迎えようとしている日本社会に必要なのは、高齢者の性の現実に対する直視と、それに対する暖かな理解でありましょう。
 そしてさらに、高齢者が潤いのある人生を送るために、性がいかに決定的な役割を果たすか、そのことを知っていただきたいと願います。
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