日本人男性性行動批判
最悪の夫は?
こんなジョークがあります。
「男性にとって究極の幸福とは...イギリス人の家に住み、アメリカ人の給料をもらいながら、中国人のコックを雇い、日本人の妻を持つこと。
一方、男性にとって究極の不幸とは...中国人の給料をもらい、イギリスの料理を食べ、アメリカ人の妻を持ち、日本人の家に住むこと!」
私はこのジョークに笑いながら考えました。「では、女性にとっての最高の夫とは、どの国の男性だろう?」
しばらく考えても結論が出ません。
次にもう一つ考えました。
「女性にとっての最悪の夫とは、どの国の男性だろう?」
その時、私はふと思いました。「もしかしたら、それは日本人男性かもしれない」と。
極めて特殊な日本人男性の性行動
私がそのように考える根拠の一つは日本人男性の性行動の特殊性にあります。
2000年に厚生省が発表した資料によりますと、18歳から49歳までの男性で過去一年間に買春(売春と区別して「かいしゅん」と読みます)を経験した者の割合は日本では13.6%だそうです。
同じく厚生省発表の資料によれば、海外で行われたほぼ同様の統計では、フランスは1.1%、イギリスは0.6%、オランダは2.8%、米国は0.3%という結果が出ています。何と日本は欧米諸国の十倍以上です。
オランダは公娼制度を持っていますが、それでも2.6%に過ぎません。売買春が非合法である日本が、オランダを遥かに上回っているのは驚きです。
このことは、日本が欧米社会に比べて著しく売買春が一般化した社会であることを示しています。また、性が人格や愛と分離され、金銭と交換可能な商品として考えられている社会的背景を読み取ることもできます。
さらにこの統計結果は、日本人男性がいかに結婚を軽視し、結婚外の性に快楽を求めているかを明らかにするものでしょう。ですから、私は妻を裏切り買春行為に至る確率が極めて高いという意味で、日本人男性は最悪の夫かもしれないと判断するわけです。
日本人男性小学生説
最近私は、結婚についてお話する際、よく「日本人男性小学生説」を主張しています。
日本の小学生男子のライフスタイルをまとめると、以下のようになります。
(1)女性(母親)の世話になりつつ、
(2)男同士で遊び、
(3)社会的義務(勉強)だけは果たすが、
(4)家庭では何の役にも立たない。
よく考えてみると日本人の男性は結婚後も同じライフスタイルを貫いているように思われます。 (1)女性(妻)の世話になりつつ、
(2)男同士で遊び(男の付き合い)、
(3)社会的義務(経済活動)だけは果たすが、
(4)家庭では何の役にも立たない。
そう考えますと、日本の妻たちの「私はあなたの何なの?」という叫びや、「私はあなたのお母さんではないわ!」などのご批判は、ごもっともと言わざるを得ないのではないでしょうか?
何しろ妻には母親の代理機能を担わせながら、自分は一生小学生のライフスタイルを貫こうというのが多くの日本男性の希望なのですから。
妻を人生のパートナー、あるいは愛の対象としてよりも母親の代理と考える態度は、性の世界にも問題をもたらします。このような日本男性たちにとって、妻は生涯を通して母親の代理である一方、ある時点からは性愛の対象でなくなってしまう場合も少なくないようです。
日本の夫たちからは、妻との性生活が単なる生殖行為や苦痛を伴う義務となり、もはや喜びではなくなってしまったという声がよく聞かれます。そのような夫婦関係の中で、快楽としての性は「お金を出して買うサービスだ」という発想が生まれてしまうのかもしれません。つまり、母親代理の機能は妻に残したまま、性愛の対象だけは金銭を払ってでも別の女性に移行するという態度です。
そうした男性たちの需要が、日本の性産業を少なからず支えているのでしょうか。
仕事と性は家庭に持ち込まない?
近年、セックスレス夫婦の増加は驚くべきものがあります。1999年実施のNHKの調査によれば、全体で24%、性的に活発な20代〜40代の夫婦に限っても19%ということです。このような傾向については多様な原因が指摘されていますし、一口にセックスレスと言ってもさまざまパターンが伝えられています。
その中でも典型的なパターンのひとつは、熟年となった夫が妻に対して性的魅力を感じなくなり、性生活の場を家庭の外に移行するというものです。その結果、夫側の性生活はあるのですが、夫婦の間はセックスレスとなるわけです。日本社会における極端なまでの売買春の多さはこのようなことにも関係するのではないでしょうか。
かつてビートたけしさんは、「仕事とセックスは家庭に持ち込まない主義だ!」と自らのライフスタイルを暴露して笑いのネタとしていました。
しかし、これはもう笑い事ではなくなりつつあります。ビートたけしさんと同じライフスタイルを選ぶ日本人男性は、どうも増加中のようです。今や、日本人男性の性生活は芸能人化してきたのかもしれません。
「これぞ男の生きる道」とは?
フランシスコ・ザビエルが日本で初めて福音宣教を開始した時、民衆はその教えを聞き、彼をこう嘲笑したそうです。「一神一妻を説く馬鹿坊主が来たよ」と。
「我のほか何物をも神とすべからず」「汝、姦淫するなかれ」という聖書の根本的な倫理を、当時の民衆は、「一神一妻」と表現したのでしょう。それは多神教文化の中、結婚外の性を謳歌する当時の男性たちからはおよそ受け入れられないものであったでしょう 。
しかし、聖書が示す祝福のライフスタイルは「一神に仕え、一妻を愛し通すこと」に他なりません。聖書的「男の本分」、キリスト教版「男の生きる道」というものがあるなら、それはまさに「一神一妻」ではないでしょうか?
そこで今回の一言。
「一神に仕え、一妻を愛す。これぞ男の生きる道!」
売買春大国日本に生きる男性たちが、時代の波に呑まれることなく、度重なる誘惑にも打ち勝ちながら、「男の生きる道」を全うされますようにと願って止みません。
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